一滴舌上に通じて、大海の塩味を知る 

いってきぜつじょうにつうじて、たいかいのえんみをしる


夜の闇に赤く。
血の色と煙草の光。
ジャリ、と靴音が響いて。
「ふ、副長…」
「何やってんだテメェは」
無造作に軽く血糊のついた刀を振り下ろすと背後の影が倒れる。
ギラリ、と睨まれた眼は何故か手に持つ刀を突きつけられるより怖い気がする。
ってゆーかぶっちゃけすんげー怖い。
迫ってきてる筈の不貞浪士連中より遥かに怖い気がするのは何故だ。
「あ、あの…」
おそるおそる見上げてみると殺されそうな眼で睨まれた。
「どうも覚悟が足りねぇようだな」
見透かされてる気がした。
真選組なんて警察組織だからとか。
所詮公務員まがいだから給料安定してそうだどか。
命のやりとりとがあるなんて言われても、実感なんてこれっぽっちも無かった。
刀や銃が人を傷付ける道具だなんて。
人を簡単に殺せる道具だったなんて。
そんな事をぐるぐる考えてたら軽く鼻で笑われた。
「情報は」
「裏帳簿だけしか手に入りませんでした…」
「まあ初の単独仕事の割には上出来だ、ソレ持って屯所へ帰れ」
「え、でも…?」
「ここはいい、増援は呼んである」
「お前の任務は情報を届ける迄だ。キッチリやってこい」
「っ、分かりました、お気をつけて」
副長は軽く手を振って迫り来る気配の方へ消えた。
俺は震える足を無理やり立たせ走り出した。



屯所へ向かって走りながら俺は考えていた。
内偵してる屋敷で見つかって逃げ出した俺の前にタイミングよく現れた副長。
既に応援を呼んでるって言ってたけど、あまりに手回しが良すぎるのではないか。
…まるで俺が失敗するのを見越してたみたいな。
それってちょっと凹むなあ。
「あれ、ジミーじゃん」
そこへ呑気な声が。この声は
「沖田さん!」
「…何があった」
俺の姿を見てすぐさま声のトーンが変わった。
まあ泥だらけ、ちょい殴られて血なんか出てるしね。
こんな人でもちゃんと隊長してるだけあるんだなあとこっそり思ったのは秘密だ。
「内偵中にミスっちゃって、今証拠だけ持って屯所へ戻るところです」
「はあ?何呑気な事言ってんの。それマズイだろ」
「あの、現場は副長が」
そこまで言って気付いた。こんなに現場に近いところを見回り中の沖田さんが呑気に
歩いてるって事はもしかして…
「まさか増援の話は…」
「増援?今日そんな予定なんてありゃあしねえよ」
少なくとも俺は聞いてねぇという呟きにサーっと血の気が引いた。
「現場は何処だ」
「あ、案内します!」
俺は今度こそ全力で走った。
副長が心配だったのもあるけど、それ以上に。
後ろから無言でついて来る沖田さんの視線が突き刺さるようで痛かった。
…俺は副長を置いて逃げたんだって言われてる気がして。


結局俺と沖田さんが着いた頃には既に現場は収まってて。
煙草を吹かしながら電話してた副長が俺達を見てちょっとびっくりした顔をした。
すかさず沖田さんから毒が。
「何だ、生きてるじゃねーですかィ」
「ああん?」
「土方さんが死にそうになってるって聞いたから俺が最後のトドメを刺してやろうと
せっかく走ってきたのに、この裏切りをどうしてくれるんでィ」
心底悔しそうに言い募っている。
「あー、ハイハイ。生きてて悪うござんしたね」
それに半ばやけっぱちに言い放つ副長を眺めていると、それはまるで屯所で喧嘩してる
いつもの二人だ。
さっきの痛いくらいの視線の沖田さんがまるで嘘のようだ。
ふいに副長が振り返る。
「いま処理班と車を呼んである、山崎乗ってけ」
「え、でも…」
「お前まだ走れんの?」
物凄く人の悪そうな笑いをされてカチンと来たものの既に膝が笑い出してるのは多分
バレバレなので仕方なく素直に頷いた。


処理班が到着して騒がしくなって来た頃、指示を出してた副長が沖田さんをひっつかんで
俺のそばまで連れてきた。
「総梧、先に山崎と帰れ。お前見回り途中だろが、引継ぎやっとけよ」
「車はあんたが乗って帰ってくだせい。せっかくここまで来たんで、俺は筋向こうにある
美味いって評判の甘味屋寄って帰りますんで」
バシリ、と思いっきり腕をはらってさっさと離脱を図る。さすが沖田さんだ。
「ふざけんな、テメエ上司の前でぬけぬけとサボリ宣言しやがって!」
吠えてる土方さんを無視して既にダッシュで逃げ出してる。
くっそあの馬鹿が!と悪態ついてる副長を眺めつつ、さっきの非日常が嘘のように日常が
帰ってきた感じだな〜とぼんやりしてたら。
「山崎、おめぇも後ろに乗れ」
「えええええ?!」
本能で口にしたら運転席の井上さんに噴出された。
まさか説教?って思ったのが顔に出てたのか副長に嫌な顔された。
「別にとって喰やあしねえよ」
そのまま井上さんの運転で屯所に帰る途中に簡単に経過報告させられて、問題の帳簿を
預けて終了。
「報告書は後でいいから、お前は一応医者にみてもらえ」
屯所で降りようとしたらそのまま副長だけ降りて俺は医者に連行された。
副長って実はいい人だったんだなーって思いかけたらドアを閉める前に無表情で一言。
「始末書の提出期限は明日な」
…後って言ったのに結局すぐじゃん。前言撤回かも。
「あああ!そういえば六番隊隊長に運転させちゃって申し訳ないです…」
「ははは、副長命令だからね」
流れでそのまま運転手してもらってしまって思わす恐縮したんだけど、井上隊長は軽く笑って
受け流してくれたのでありがたかった。

「総梧!」
俺を病院まで送迎してくれた井上さんが俺に「じゃ」って簡単に挨拶して沖田さんの方へ
珍しく慌てた風に歩き出した。
その様子が何となく気になってそっと近づいてみる。
「もしかしてお前、わざと土方さんを車にのせたか?」
「………」
「スマン、もしかして病院連れてくべきだったか?」
「…いや多分大丈夫でしょ、あの人頑丈だけが取り柄ですからねィ。俺の気のせいかも知れ
ないんであんまり気にしないでいいですぜィ」
「山崎もな」
「はひぃ!」
ばばば、ばれてる!って慌てた俺に二人が苦笑してこっちを見てた。
「お、俺すみません…」
「まー大丈夫だろ。じゃ俺引継ぎしてくるわ〜」
ものすごーく爽やかに去っていくけど心なしかちょっと責められてるような気がするのは
気のせいですか沖田さん…
しょぼくれる俺に井上さんが声をかけてくれる。
「まあ総梧も気のせいかもって言ってたから気にすんなよ。俺も気がつかなかったしね」
「ど、どうも」
ふと顔を上げて去ってゆく沖田さんを見送る。
「総梧、土方さんの事は結構良く見てるよな」
井上さんがニヤリと笑う。
「喧嘩するほど仲がいいってヤツのお手本みたいだよな〜」
なんか孫でも可愛がるように言われても困るんですが。
お前もお大事になってご機嫌の井上さんに頭を下げつつ思ったのは。
沖田さんっつーか真選組幹部ってよくわかんないよな…って感想だった。
昔からの道場組が贔屓されてるとかつまらない噂話をしてた奴らもいたけど。
そんなんじゃないような気がする。
思ってたより怖い所でも悪い所でもないような気がしてきた。

だって。
思い返せば。
鬼の副長といわれてる人の部屋がいつも遅くまで灯りが点いてるとか。
内偵の報告で「帰りました」ってどんな時間になっても必ず言える事とか。
それでも、そ知らぬ顔でいつも朝から怒号かましてくれてたりとか。
どんなにツンデレなんだよって思ってもやっぱり嬉しくて。
給料思ったより安し休みも少ないけど、頑張れるのはきっとその辺なんだなと毒されてきた
思考で考える。